動画を使う場面が増えて気になり始めた頃
正直に言うと、
自分から動画を欲しがって泣いたり、
見ないと機嫌が悪くなる、という状態ではありません。
遊んであげていれば、
普通におもちゃや絵本でも過ごせます。
それでも、
アイパッチ訓練や家事で手が離せない場面など、
「動画を使うタイミング」が少しずつ増えてきたことで、
だんだん気になるようになりました。
見せれば集中してくれる。
その分こちらも助かる。
でも同時に、
「この使い方でいいのかな」
「頼りすぎていないかな」
と、親側のほうがモヤっとする感覚が出てきました。
動画そのものより、
“使う頻度が増えている状況”に対する違和感、
それがこの頃いちばん引っかかっていたポイントだったと思います。
正直しんどかったポイント
正直いちばんしんどかったのは、
動画そのものよりも、
「これでいいのか分からない状態」が続くことでした。
見せれば助かる。
でも、見せたあとに
「今の使い方ってどうなんだろう」と
自分の中で引っかかる。
周りの「動画はなるべく控えたほうがいい」という声や、
ネットで見かける情報を目にするたびに、
「やっぱりやりすぎなのかな」と不安になることもありました。
かといって、
完全にやめると現実的に回らない場面もあって、
そのギャップに疲れることもありました。
正解がはっきりしない中で、
便利さと罪悪感の間を行ったり来たりしている感覚が、
この時期はいちばんしんどかったように思います。
我が家なりに決めた判断基準
いろいろ迷った中で、我が家なりに決めたのは、
「動画を見せるかどうか」よりも、
「何のために使うか」を基準にすることでした。
暇つぶしのために何となく流すのではなく、
アイパッチ訓練のときや、どうしても手が離せない場面など、
目的がはっきりしているときだけ使う、という考え方です。
また、
動画を見ている時間そのものよりも、
その前後の過ごし方を大事にしようとも思いました。
動画のあとに一緒に遊ぶ時間をつくることや、
声をかけながら切り替えることなど、
「動画だけで完結させない」ことを意識するようにしました。
完璧なルールを作ることはできませんでしたが、
少なくとも、
「なんとなく使ってしまう状態」からは離れられた感覚はありました。
実際にやっていた対処
実際に意識していたのは、
「見せるかどうか」よりも、
「どういう環境で、何を見せるか」でした。
特に気をつけていたのは、画面の明るさです。
夕方以降は、できるだけ明るすぎない設定にして、
目への刺激が強くなりすぎないように意識していました。
また、動画の内容も、
何でもいいというわけではなく、
歌が中心のものや、
目で追いやすい知育系のアニメーションなどを選ぶようにしていました。
たとえば、
動きがはっきりしていて視線を使いやすいものや、
自然と画面を目で追う構成になっているものは、
訓練の流れとも相性がいいと感じていました。
逆に、
単純に刺激が強いだけのアニメや、
内容が早く切り替わりすぎるものは、
あまり選ばないようにしていました。
動画でも「何でも同じ」ではなく、
目的に合うものを選ぶ、という感覚で使っていたと思います。
動画との付き合い方や、
我が家が意識していた考え方については、
「乳児期に動画をよく見せている我が家が意識していること|罪悪感と付き合いながら続けている工夫」
でもまとめています。
まとめ|「やめさせる」より「付き合い方」を整える
動画を使いながら行っていたアイパッチ訓練の工夫や用品については、
「先天性白内障のアイパッチ訓練で実際に使ってよかったもの|続けやすくなった工夫まとめ」にまとめています。
動画との付き合い方については、
「やめさせるかどうか」だけで考えると、
どうしても苦しくなりやすいと感じました。
我が家の場合は、
完全に使わない選択よりも、
「どう使うか」「何のために使うか」を整理するほうが、
現実的で続けやすかったです。
動画を見せること自体が目的ではなく、
目のケアや生活の流れを整えるための“手段のひとつ”として考えることで、
罪悪感も少しずつ整理できるようになりました。
このやり方が、
すべての家庭に合うとは思っていません。
ただ、
動画との付き合い方に迷ったときに、
「完全にやめる」以外の選択肢もある、
という一例として、参考になれば嬉しいです。

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